「雨の香り」 ー 心が自然に還るとき
こんにちは。桂颯です。
今回は、
祈りの詩画集「光と影」から
「 雨の香り」をお届けします。
雨、せせらぎ、打ち寄せる波、滝ーー
それらを眺めたり、
その音に耳を澄ますと
私はとても癒されます。
昔から、水が大好きなのです。
毎朝、
ヨガや瞑想を行うときも、
静かに流れる川の音(Youtube)を
流しながら、
体を動かしています。
もしかしたら、
水の音には、
「f/1のゆらぎ」が
あるのかもしれません。
f/1のゆらぎとは、
人の心をやさしく包み込み、
深く整えてくれる
不思議なリズムです。
しかし、
今回の詩は、
水の景色でもなければ、
音でもありません。
テーマは、「雨の香り」です。
しかも、
まだ雨が降っていない時に
感じる香りなのです。
それは、
ただ「匂いを感じる」
ということではなく、
雨の香りの中に溶け込み、
自然とひとつになるような感覚です。
この詩「雨の香り」は、
そんな静かなひとときの中で
生まれました。
第1章 感じるのではなく、観じるという世界

UnsplashのMilin Johnが撮影した写真
この詩にある雨の香りは、
臭覚で感じたというより、
全身で観じている香りです。
なぜなら、
私は、雨の香りの中に
溶け込んでいるからです。
それは、
五感を通して感じ取る感覚を
超えたところにある、
不思議な感覚です。
私は、雨の中に
「いる」のではなく、
雨の一部になっているような
感覚に包まれています。
それは
癒しという言葉では
言い尽くせません。
もっと深いところで、
もっと静かな場所で、
私という存在そのものが、
やさしく包み込まれているような
感覚です。
雨の香りの中に
身を置くと、
私は少しずつ、
自分という輪郭を
手放していきます。
それは、感じるのではなく
観じるという世界
なのかもしれません。
第2章 日本人の感性

Unsplashのminoru nakajimaが撮影した写真
西洋と東洋では、
自然に対する
考え方や感じ方が
異なるように思います。
西洋では、
自然と対峙し、
自然を分析し、
制御し、理解しよう
とする文化が育まれてきました。
自然は観察の対象であり、
向き合うべき存在として
捉えられてきたように思います。
一方で東洋、特に日本では、
人間は自然の一部であり、
自然とともに生き、
自然の中に身を置いてきたという
感覚が根付いています。
自然には、
神が宿るという思想が、
今もなお日本人の
心の奥深くに
息づいています。
自然を客観的に眺めるのではなく、
自然の中に身を置き、
自然と呼吸を合わせ、
自然とひとつになる。
この詩「雨の香り」は、
そんな日本人の感性から
生まれた作品なのかもしれません。
第3章 香りは心の奥に届く

UnsplashのKarina Terasが撮影した写真
みなさんは、
アロマテラピーという自然療法を
ご存知でしょうか?
アロマテラピーは、
植物から抽出した
香り成分である精油を用いて、
心身の不調を癒し、
美容や健康に役立てていく
自然療法です。
私はかつて、
アロマセラピストとして
自宅でサロンを開き、
お客様を施術を行っていた
時期がありました。
その経験を通して、
私は学びました。
香りは、
単なる「よい匂い」ではない
ということを。
香りは、
鼻から脳へと直接届き、
感情や記憶を司る大脳辺縁系、
自律神経やホルモンを調整する
視床下部に作用すると
いわれています。
つまり、
臭覚で感じる香りは、
身体だけでなく、
感情や心の奥深くにまで
働きかける力を
持っているのです。
ふとした香りが、
遠い記憶を呼び覚ましたり、
忘れていた感情を
そっと浮かび上がらせたりするのは、
そのためです。
雨の香りも、同じです。
雨の匂いを感じた瞬間、
遠い記憶が蘇り、
胸の奥に
静かな安心感が広がり、
心がゆっくりと
ほどけていくのかもしれません。
それは、
言葉にするのが難しいほど、
深い癒しの感覚です。
まとめ

雨の香りは、
どこからやってくるのでしょう。
いち早く雨の予兆を
感じた大地や植物が、反応し、
香りとなって、
私の心の奥へと
そっと入り込んできたのかもしれません。
それは、懐かしく、優しく
どこか遠い記憶と
繋がっているような香りです。
雨の香りの中に身を置くと、
私は自然とひとつになり、
心は鎮まり、
深いところで
癒されていくのを感じます。
もし、日々の暮らしの中で、
少し疲れたと感じる時があったなら、
どうぞ、自然の中で耳を澄まし、
心を委ねてみてください。
きっとそこには、
言葉を超えた優しさと
静かな安らぎの世界が
広がっているはずです。
私は空気の中に、
かすかな雨の香りを
感じましたが、
しばらくして、本当に、
しとしと雨が降り始めたのです。
あのとき、私の中の感性は、
雨の予兆を
観じていたのでしょう。

