こんにちは。桂颯です。
人は、苦しい時ほど、
自分のことばかり
考えてしまうものです。
「なぜ自分だけが……」
「どうしてうまくいかないのだろう…..」と、
心がいっぱいに
なることがあります。
けれど、
私は、長い人生の中で、
「人の幸せを祈る生き方」に
救われてきたと
気づきました。
この詩画「幸あれ」は、
そんな私自身の体験から
生まれたものです。
第1章 祈るしかなかった日々

UnsplashのKelly Sikkemaが撮影した写真
私が、
本気で祈るようになったのは、
息子が一人で
幼稚園に通うように
なった頃でした。
注意散漫な子でしたから、
交通事故に遭わないだろうか。
信号をきちんと守れるだろうか。
不安は尽きませんでした。
子どもが一歩、
家の外に出たら、
親にできることは
もうありません。
天にお願いするしかない。
祈るしかないのです。
遠くに住む母が
病に倒れた時も、
同じでした。
何もしてあげられない。
そばに行くこともできない。
できることは、
ただ祈ることだけでした。
何もできない
自分の無力さを知った時、
祈りだけが、
自分にできる
唯一の行為だったのです。
その頃から、
私は真剣に
祈るようになりました。
もしかすると、それは、
幼い頃に見ていた
祖母の姿を
無意識に
真似ていたのかもしれません。
第2章 祖母の祈り

UnsplashのPablo Rebolledoが撮影した写真
私の祖母は、
毎朝、手を合わせ、
般若心経を称え、
家族や周りの人たちの
幸せを祈る人でした。
祖母は、
いつも底抜けの笑顔で、
こう言っていました。
「わたしほど幸せな人間はいない」
子どもの頃の私は、
その言葉が
不思議でなりませんでした。
四国の山奥で、
一人で畑を耕し、
決して楽な暮らしでは
なかった祖母。
苦労の連続だったはずです。
どこが幸せなのだろう?
と思っていました。
しかし、今、
祖母と同じくらいの
年齢になって、
その意味がようやく、
わかるようになりました。
祖母は、いつも
自分の幸せだけを願う人ではなく、
まわりの幸せを願う人だったのです。
だから、
自分の不幸にとらわれることなく、
心が澄んでいたのだと思います。
祖母は、本当に幸せだったのだと、
今ならわかります。
第3章 人の幸せを祈ると、自分が変わる

UnsplashのMichael Krahnが撮影した写真
気がつけば、
私も祖母のように
毎朝、
ご縁のある人たちの幸せを
祈るようになっていました。
すると、
不思議なことが起こりました。
まわり人たちの幸せを
祈るようになると、
自分の不満や不安ばかりに
心が向かなくなっていくのです。
自分より、
相手のことを考える。
そうしているうちに、
欲が少しづつ減り、
感謝の気持ちが生まれてきます。
一見すると、
損をする生き方のように
見えるかもしれません。
けれど、実際には逆でした。
心は、
以前よりもずっと
豊かになっていたのです。
第4章 詩画「幸あれ」に込めた心

この詩画「幸あれ」は、
そうした心の歩みの中から
生まれました。
自分のための幸せではなく、
誰かの幸せを願う心。
苦手な相手であっても、
自分を傷つけた相手であっても、
できる限り、
その人の幸せを祈る。
それは
簡単なことではありません。
けれど、
そうありたいと願う
心そのものが、
自分の生き方を
静かに整えてくれるのです。
「人の幸せを願う生き方は、
自分を救う生き方でもある」
まとめ
人の幸せを
祈るようになったのは、
特別、
私の人格が
優れていたからではありません。
私は、
ごくごく平凡な人間です。
ただ、
心の向け方を
少しだけ変えただけなのです。
自分の不満や不足に向ける代わりに、
誰かの無事や
誰かの笑顔に心を向ける。
その積み重ねが、
やがて、
静かな満足と、
穏やかな幸福感を
育てていくのだと思います。
祖母がそうであったように。
そして、私もまた、
そうありたいと願っています。
この詩画「幸あれ」が、
誰かの心に、
そっと温かい灯を
灯すことができたなら。
それ以上の幸せはありません。

