こんにちは。桂颯です。
今回は、
祈りの詩画集「光と影」の中から、
「仏心」をお届けしようと思います。
はじめに
人の心は、
理屈どおりには
動かないものです。
自分の心でさえ、
自由にはなりません。
ネガティブな感情に振り回され、
何度涙を流したことでしょう。
どんなに自分に言い聞かせても、
ネガティブな感情は勝手に暴走し
怒りや悲しみ、恨みや嫉妬が
胸を満たしてしまうのです。
自分が未熟であることも、
至らないことも、
痛いほどわかっているのに、
それでも
心は言うことを
聞いてくれないのです。
そんなとき、
人はみな、
暗い洞窟の中で
うずくまるような
気持ちになるのではないでしょうか。
第1章 心が濁るとき

UnsplashのValentin Jorelが撮影した写真
人の成功を
素直に祝えない自分。
誰かの幸せが、
なぜか苦しく感じてしまう自分。
そんなちっぽけな自分を、
情けなく思いながらも
どうすることもできない心の闇。
悲しみに沈むだけならまだいい。
けれど、
恨みや憎しみが芽生えてしまうとき、
心は確実に濁っていくのです。
澱んだ水のように、
重く、冷たく、濁っていくのです。
自分でもそれがわかるから、
ますます自分を責め、
苦しくなるのです。
第2章 滝に会いに行きたくなる理由

UnsplashのVincent Brancifortiが撮影した写真
そんなとき、
私は無性に
滝を見に行きたくなります。
白い飛沫をあげ、
轟音とともに流れ落ちる水。
岩を打ち、空気を振るわせ、
すべてを洗い流していくその姿。
まるで、
自分の中に溜まったネガティブな感情も
一緒に流してくれるような
気がするからです。
第3章 滝を描くという祈り

そんなとき、
私は無性に
滝を描きたくなります。
真っ白な飛沫をあげ、
轟音を響かせながら
流れ落ちる水。
その水しぶきを描きながら、
心の中の澱みも一緒に
流したくなるのです。
第4章 心を浄化するとき

UnsplashのBailey Zindelが撮影した写真
心を浄化したいと思うとき、
怒りや恨みや不安など、
ネガティブな感情だけを
取り除こうとしても、
うまくいきません。
浄化するときは、
喜びも、幸せも、愛も、悲しみも、
すべて一緒に
手放す必要があるのです。
何もかも放り出すのです。
良い感情も悪い感情も、
すべて委ねるのです。
そうして初めて、
心は静まり、
澄んでいくのだと思います。
第5章 仏心という祈り

人には誰でも、
仏心があると
教えてくださった方がいます。
私の尊敬するお坊さま、
朝比奈宗源老子です。
学問があるかどうかに関わらず、
品行が良いかどうかに関わらず、
誰もが尊い心、仏心を
宿して生まれてきます。
仏心の中に生まれ、
仏心の中に生き、
仏心の中に還っていくのだと。
たとえ悟りに至らなくても、
仏心の尊さを
信じることができれば、
人は安心して生きていける。
人は悪いことをすると、
自分を責めます。
良いことをすると、
心の底から嬉しくなります。
それは、
この仏心が働いているからなのだと
著書の中で、教えてくださいました。
私は、この教えが大好きで、
心から信じるようになりました。
まとめ

生きていると、
どうしても心が
濁ってしまうときがあります。
どうしても
前を向けなくなる日があります。
そんなときは、
立ち止まって、
滝の前に立ち、
水の流れに身を委ねて
みてはどうでしょうか?
私の絵と詩が、
誰かの心をそっと洗い、
また一歩踏み出す力になれたなら、
これほど嬉しいことはありません。

