誰かに理解されたい心に寄り添う詩画集|祈りの詩画「願い」

こんにちは。桂颯です。

今回は、
言葉と絵で描いた
祈りの詩画「願い」を
お届けします。


目次

第1章 誰かにわかってほし

自分のことを
誰かにわかってほしい
慰めてほしい。
励ましてほしい。

辛い時には、
誰かに支えてもらいたい。

この詩は、
生きるのに頼りなく、
自信を持てなかった
若い頃の私の日記の言葉です。


第2章 人は誰ひとり同じではな

UnsplashDare Artworksが撮影した写真

若い頃の私は、
自分をなんでもわかってくれる人が
きっといるはずだという幻想を
抱いていました。

だから、
理解されないと感じるたびに、
淋しさを感じていたのです。

実際には、
親しい友人、家族でさえも
育った環境、
性格も、価値観も、
人生の歩みも

すべて異なるのです。

そんな当たり前のことに、
気づくのに、
私は随分時間が
かかってしまいました。

私の尊敬する恩師は、
著書の中で
こう語っておられました。

「何十年と連れ添った妻でさえ、
なんでもわかっていると
思ったら大間違いだ。
幾億千万年
あっという間に
離れてしまうのだから」

人は、
一人で生まれ、
一人で死んでいく

定めなのです。


第3章 孤独は消えないもの

UnsplashsErgio mOreiraが撮影した写真

ならば、
人は孤独の中で
淋しく、生きなければ
ならないのでしょうか。

淋しがり屋の私は、
長いあいだ苦しんできました。

誰にもわかってもらえない苦しさ。
心が冷えていくような不安。
ひとりで立っていることの心細さ。


第3章 介護の日々の中で気づいたこと

UnsplashManny Becerraが撮影した写真

認知症の義母の介護を
していた頃のことです。

私は自分のあらゆる生活を
犠牲にしながら、
孤独に介護を続けていました。

誰にも、家族にすら
その苦労をわかってもらえず、

いえ、
家族に心配をかけたくなくて
ひとりで耐えて
頑張っていたのです。

そんな時、
足の手術をした実母の面倒まで
見ることになりました。

義母と実母、
二人の介護が数ヶ月続きました。

どれほど過酷な日々に
なるのだろうと
覚悟していたのですが、

実際は、少し違っていました。

肉体的な負担は
確かに倍に増えました。

けれど、
不思議なことに、
心は軽くなっていたのです。

ある日、
粗相をした義母の世話を
していた時のことです。

義母を浴室に連れていき、
きれいにしたあと、
今度は
部屋中に散らばった
汚物の掃除をしていました。

その様子を見て、
実母が言ったのです。

涙が出そうになりました。
初めて、自分を認めてもらえた。
私の誠意や真心に

気づいてもらえた。

そのとき、
私ははっと気がついたのです。

母は足が悪く、
何も手伝うことはできません。

けれど、
その温かい眼差しと言葉が、
どれほど私の心を救い、
勇気を与えてくれたかわかりません。


その時から、私は、
苦労している人に、
温かい言葉をかける人に
なろうと思ったのです。

大きく転換したのです。

第4章 人を愛することで心は温まる

UnsplashAhmad Fadhlurが撮影した写真

それ以来、
私は、
誰かが大変な苦労を
しているなら、
その人の手を取り、
温かい言葉で励まそうと
思うようになりました。

薬局に勤めていたときに、

何人もの患者さまや
介護をしている方の手をとり、
励ましてきました。

それは、
仏教でいう慈悲ということ
なのかもしれません。

そして、不思議なことに
人に優しい言葉をかけると
相手の心を温めるだけでなく、
自分自身の心をもまた
温めるということを
知りました。

凍えるような孤独の寒さから、
抜け出すことができるのでは
ないでしょうか。


まとめ

人は誰もが孤独を
抱えて生きています。

それは避けられないものです。

しかし、

孤独は消えなくても、
心を温めることが
できるのです。

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この記事を書いた人

さわやか墨彩画教室の桂颯です。

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