こんにちは。桂颯です。
今回は、
祈りの詩画集「光と影」の中から
「風」をお届けします。
第1章 繊細な人は、人一倍苦労する

Unsplashのkabita Darlamiが撮影した写真
繊細で感受性豊かであるということは、
長所であると同時に、
欠点にもなり得ます。
鋭い感性は、
芸術の世界においては
大きな才能となり、
豊かで深い表現を
生み出す力になります。
音楽や絵、言葉の世界では、
その繊細さこそが
人の心を打つ表現へと
つながっていくのでしょう。
しかし、
現実社会においては、
その感受性の鋭さが、
時に大きな重荷となります。
普通の人なら
気にも留めないような
些細な出来事にも心が揺れ、
何気ない一言に深く傷つき、
敏感に反応してしまうからです。
周囲の感情を敏感に感じ取り、
人の期待や失望、喜びや怒りまで
背負い込んでしまう。
研ぎ澄まされた感覚は、
ガラスのように
壊れやすく
いつもビリビリ震えている。
感受性が豊かであるがゆえに、
人一倍多くのことを感じ取り、
人一倍悩み、
人一倍疲れてしまうのです。
それは
決して弱さではありません。
けれど、
この世界を生きていく上では、
なかなかに過酷な資質でもあるのです。
私は、
まさにそういう人間でした。
幼い頃から
音楽や絵を描くことが
好きでしたが、
周囲からは
「情緒不安定」と
言われることも多く、
思春期の頃には、
人の心に裏表があることに
深く傷つき、
随分、悩まされたものです。
当時の私は、
「感情を持たない石になりたい」
と本気で思っていました。
感じなければ傷つかない。
揺れなければ苦しまない。
それは、
ただ平穏でいたいという、
切なる願いだったのです。
第2章 風は、優しさ

UnsplashのNick Bergerが撮影した写真
今回の「風」の詩は、
40代の頃に書いたものですが、
思春期の頃の
「石になりたい」という願いとは、
まるで異なるのです。
風は、
感情を持たない存在で
ありながら
人や自然をやさしく包み込みます。
木々の葉を心地よく揺らし、
湖をさわやかに吹き抜け、
麦畑を黄金色に
輝かせていくのです。
風は、何も要求しません。
感謝されることも望みません。
ただ、
そっと通り過ぎていきます。
私は、
感情を持たないということに
あこがれていただけでなく、
風のような
優しさを持つ人になりたいと
願っていたのかもしれません。
どこからともなく現れて、
人々の心に、
ぽっぽっと火を灯し、
気がついたときには
去っている。
負担を与えない、
さわやかな優しさ。
その優しさへの憧れが、
この詩を
生んだような気がします。
しかし、
風のような優しさを持つ人は、
誰よりも、辛酸をなめ、
誰よりも、痛みのわかる人
なのかもしれません。
第3章 良寛さんの優しさ

私は、
良寛さんが大好きです。
子どもたちとまりつきをし、
かくれんぼをして遊び、
人々に親しまれたお坊様。
良寛さんが訪れた家は、
何とも言えない
温かい空気に包まれ、
良寛さんが去った後も、
数日間その余韻が
残ったといわれています。
まさに、
風のような慈愛を
持つ方だったのでしょう。
実は、良寛さんは
非常に繊細な方だったと
伝えられています。
若い頃は、
その繊細さゆえに
激しく悩まれたことでしょう。
非常に厳しい修行を
されたそうです。
しかし、
悟りを開いた後も、
その性格は
変わらなかったのではないでしょうか。
生死を超えているはずの
お坊様なのに、
友人や弟子の死を哀しむあまり、
病に倒れ、
長く床に伏してしまうほど
だったのですから。
優しすぎるお坊様、良寛さま
良寛という方は、
繊細すぎるほど
繊細な心を持ったまま、
突き抜けて、
おおらかな世界に
いかれた人なのではないでしょうか
私にはそう思えてならないのです。
第4章 繊細なままで、おおらかな世界へ

繊細で
感受性が豊かであることは、
芸術にとって大きな力になります。
細やかな心があるからこそ、
力強く、そして繊細で、
美しい表現が
生まれるのだと思います。
けれど同時に、
その感性に振り回されない
強い心も
育てていく必要が
あるように思えます。
揺らぎながらも折れない心。
感じながらも飲み込まれない心。
自分の中心に、
核となる太い軸が必要なのです。
それは、
他者を慈しみ愛する
慈愛の心ではないでしょうか?
風のような優しさです。
私は今も、
風のような優しさに
憧れています。
繊細なままで
おおらかな世界へ。
この詩と絵は、
そんな願いから生まれた一枚です。

